「歯を残す」——私の想い
【私の救歯臨床への想い】
「抜歯」は歯科医にとって「敗北」であるという言葉がありますが、患者さんにとっても「抜歯」はショッキングな出来事であり、ご自身の健康管理に対して後悔を残すことになるでしょう。
つまり、私たち歯科医が歯の保存をあきらめて「抜歯」をしてしまうことは、患者さんが自身の健康管理を省み、一念発起してそれに立ち向かう機会を奪うことになるわけです。もし患者さんと共同で「抜歯」ではなく「救歯」することができたならどうでしょう。患者さんは自身の手で大事な歯を守り切ったという自信と誇り、そして他の歯も大切にしていこうという自立した、いわば本物の予防観を得るのではないでしょうか。それらはすべて患者さん自身が闘い獲得した「宝物」に他なりません。
私はその即抜歯の治療では決して患者さんに提供することのできない「宝物」を患者さんと共同で獲得したい、このような想いで日々患者さんに寄り添い、患者さんと共に「救歯臨床」を行っています。
Rotative Extrusion Technique®を用いて審美と機能の保全を試みた重度歯根破折症例
こちらはRotative Extrusion Technique®にて論文投稿させて頂いた重度歯根破折症例です。 歯科医療従事者、研究者向けの内容ではありますが、イラストなどを用いて出来るだけ一般の方にも理解していただけるよう努めました。細かな診査、診断とステップ、精密な診療手技により患者さんとともに理想的なゴールを目指しております。長くなりますが、実際の治療の流れに沿ってぜひご覧くださいませ。
症例の詳細
- 【患者さん】
- 女性、主訴は「前歯がぐらつき、噛むと痛む、歯間部の黒い空隙が気になる」、全身疾患の既往歴は特になく、非喫煙者
- 【現病歴】
- 歯冠修復物脱離により他院にて治療を受けるも、歯根破折により保存不可能とされ、セカンドオピニオンを求め当院に来院
- 【診断】
- AAEの分類によるSplit Tooth(Defining Crack Type)
- 【所見】
- 右上1番の歯周精密検査では、ポケット深さは唇側中央部で最大10mmあり、頬舌的な動揺は2度を認めた。 他院で仮着されたテンポラリークラウンを外すとすぐに明らかな破折線を認め、またその唇側に位置していた破折片は完全に分離していた
- 【治療方針】
- 患者さんの希望は、右上1番の保存が確定されるまでは、この一歯のみの治療であったが、左上2番から左上4番にも、現在装着されている補綴装置の不適合および二次カリエスを認めるため,それらを含めた治療計画を立案した。その際、最も深刻にみえた右上1番に関しては、患者さんの強い審美的要求に応えるため、MTMとして通常のExtrusion に加え, Rotationを併用することとした(Rotative Extrusion Technique®)。また、早期に右上1番が保存不可能と判断された場合は、抜歯前提のExtrusionにより歯槽骨の保全を図ってから、インプラントを適用することとした
初診
2010年2月.初診時
左上2番から左上4番の6本はすべて失活歯で、すでに歯冠補綴装置が装着されている。スピーの彎曲がほぼなく、水平的な咀嚼パターンを有していた。咬合力が強く、また夜間のブラキシズムを自覚されていた。職業は接客業で、「見た目に自然で綺麗な歯になり、思いっきり笑いたい」と言われた。治療後のみならず、治療中の審美的要求もきわめて高かった。口腔内X線検査では右上1番の歯根膜空隙の拡大を認めるが、根尖病変を疑う透過像はない。
【治療計画の立案】
A-1: 抜歯後RPD(クラスプなど審美的な考慮)
A-2: 抜歯後ブリッジ(両隣在歯への治療介入が必要)
A-3: 抜歯後インプラント
B-1: 保存して単独冠修復(咬合力の負担能力に考慮)
B-2: 保存して連結冠修復(両隣在歯の治療介入が必要)
患者さんと相談のうえ、B-1に決定。まずは通法により感染根管治療を行い、その後MTMや歯周形成外科を併用するが、隣在歯の治療介入を含め柔軟に対応することにした。もし保存不可能と判断された場合は、抜歯前のExtrusionにより歯槽骨の保全を図った後、インプラント埋入を行うこととした。
2010年3月.治療開始時
右上1番は重度歯根破折の状態であり、他院で仮着されたテンポラリークラウンを外すとすぐに明らかな破折線を認め、またその唇側に位置していた破折片は完全に分離しており、最も深いところで10mmにも及んだ。患者さんはこのたいへん深刻な状況を見て、他の修復済の歯も心配なので同時に治療してほしいと希望された。
治療の経過
【Step①】2010年 4月〜:右上1番のMTM(ローテーション)を継続しながら、右上1番と左上2番の根管治療を開始
少しでも治療期間の短縮,治療回数の軽減を図るため、無理のない程度に複数歯の必要な治療を同時進行させた。
2010年5月
ローテーションを開始.両隣在歯も治療を行うことに。
【Step②】2010年 6月〜:右上1番が根管充填まで進むと、左上2番の根管治療を開始
【Step③】2010年 7月〜:左上2番が根管充填まで進むと、右上1番のMTM(挺出)を開始
【Step④】2010年 9月〜:右上1番のMTM(挺出)終了後、保定.左上2番のMTM(挺出)を開始
テンポラリークラウンや矯正装置の脱離、破損を防止し、また根管治療中のマイクロリーケージに最大限配慮した手順をふんだ。
2010年6月
左上2番 根管治療開始
2010年7月
右上1番 MTM(挺出)開始
2010年9月
左上2番 MTM(挺出)開始
【Step⑤】2010年11月〜:左上2番のMTM(挺出)終了後、保定.左上3番 左上4番の根管治療開始.左上2番のMTM(挺出)開始
【Step⑥】2010年12月〜:左上2番のMTM(挺出)終了後、保定.左上3番 左上4番が根管充填まで進むと、左上3番のMTM(挺出)開始
【Step⑦】2011年 2月〜:左上3番のMTM(挺出)終了後,保定.左上4番のMTM(挺出)開始
※保定が終了した歯より、順次支台築造を行う
この段階の根管治療にて、マイクロスコープ拡大明視野下による診査を行い、保存の可否が決定される。主訴以外の歯においてもクラックや破折な どにより保存不可能となることが考えられる。本数が多いときほど、1本ずつ丁寧、慎重に、を心がけている。
2010年12月
左上2番 MTM(挺出)終了、左上3番 左上4番 根管充填終了、左上3番 MTM(挺出)開始
Rotative Extrusion Technique ®テクニック
◆審美領域で保存と機能を両立させる
◆180度ではなく90度の回転
◆前方から見て死角になる遠心へ破折部分を移動させる
◆近心の歯間乳頭部では,健全な歯根膜により歯周組織の再生を促す
◆口蓋側には機能圧に耐えうる健全歯質(フェルール)を確保する
水平性歯根破折としているが、根尖部にまで及んでいないだけで、実際は垂直性にも深く破折している状態である。健全な歯質がきわめて少なくなっているので、これ以上感染させない配慮、傷めない配慮が大切になってくる。
咬合、特に偏心運動路に注意しつつ干渉しないように装置を設置する。審美的な配慮が必要なときは、前方から見えない口蓋側のみでの設計も勘案する。粘着性のある食事を控えることやプラークコントロールの励行など、まさに患者さんと共同で進めていく。
挺出の速度や量をコントロールしながら緩やかにローテーションさせていく。外科的挺出に比べ、歯質や歯根膜損傷のリスクを軽減できる。また90度の回転で留めるため、強い機能圧が加わる口蓋側に、ある程度の健全歯質を位置付けることを可能にする。
破折部位が回った遠心側は、生物学的幅径確保のため歯周外科が行われるが、その後の治癒を待たずに最終補綴物を装着する(後述のGPGテクニック)。長い接合上皮が補綴物研磨面とヘミデスモゾーム結合により吸着していると考えられる。
矯正治療→ 歯周外科 → 補綴治療
2011年3月
すべての歯の保存を確定。支台築造が終了した。
2011年4月
さらに歯頚ラインを審美的に整えるためのDBSを開始した。ブラケットポジションは、歯軸の傾きおよび切縁のフィニッシュを想定して設定している。
2011年6月
事前の個々の歯に対する根管治療、MTM(挺出)、支台築造などにより固有歯槽骨を維持し、炎症の惹起や再破折を防止しながら安全にDBSを行うことができている。
2011年10月.印象採得時
個々の歯の生物学的幅径を確保すべく、確定的歯周外科を行い約1カ月後、歯周組織の治癒を待たずに印象採得を行った(Guided Papilla Growth 〈GPG〉technique)。プロビジョナルレストレーションのプロファイルをより審美的になるよう修正している。
GPG(Guided Papilla Growth)テクニック
歯間乳頭の骨頂からの成長を想定し、歯周外科処置後、完全に治癒する前に修復物のための形成、印象採得を済ませておく。作り上げた歯冠外形に従って歯間乳頭の形を治癒させながら、その成長を誘導させる(くれなゐ塾主宰・内藤正裕先生考案)。
【長所】
・ まだ歯肉が成長していないので、形成や印象が容易である
・ 接着性レジンセメントの除去が容易である
【短所】
・ 想定どおりに成長しないというリスクがある
・ 印象採得から装着までの期間が開きすぎると、プロビジョナルレストレーションの仮着材溶解や変形、それによる歯牙の位置移動や根面汚染などのリスクが生じる
1 遠心側に適切な生物学的幅径を得るための歯周外科治療後、歯周組織の治癒を待ってから印象採得しようとした場合、その操作は困難をきわめる。また同様に治癒を待ってからの接着操作、特に余剰セメントの除去に至っては不可能に近く、術後の長期安定を望むことは難しい。よって、私が考案したRotative Extrusion Technique®は、このGPG テクニックを併用してこそ可能なものと認識している。GPGテクニックによって獲得された歯肉は、その長い接合上皮が補綴物研磨面とヘミデスモゾーム結合により吸着していると考えられる。
◆ 1 部の再生上皮についての考察
(下野正基・東京歯科大学名誉教授のご厚意による)
①付着上皮とエナメル質は,ラミニンやインテグリン等を介して接着している
(文献1より許諾を得て掲載)
エナメル質と接する付着上皮やジルコニアなど補綴物研磨面と接する再生上皮は、免疫細胞に富む非角化性上皮であり、その接着による封鎖性と相まって 細菌に対する高い抵抗性を示している。Rotative Extrusion Technique®における長い上皮付着様吸着は、幅のあるプラークフリーゾーンにより感染予防の効果をもたらしていると考えている。
②再生上皮とジルコニアについても,同様にラミニンの発現が報告されている
(文献2より許諾を得て掲載)
・再生上皮はジルコニアとラミニンによって「接着」している可能性はきわめて高い
・ジルコニア(市販)と上皮細胞の間にラミニンが発現し接着を促進している。プラズマ処理を行うと、さらによく接着する
2011年11月.右上2番〜左上4番 単冠修復後
歯周組織、特に歯間乳頭部はまだ治癒途中であり、患者さんの主訴であるブラックトライアングルが残ったままである。右上1番はローテーションにより根尖部が遠心へ振られ右上2番の根と近接しているが、歯槽硬線も明瞭で良好な治癒像が見てとれる。
2018年9月.治療後6年10カ月
導入したCBCTにより偶発症(Fenestration)が認められたが、臨床症状はなく、歯周組織はきわめて良好で安定している。
主訴であるブラックトライアングルも完全に消失し、患者さんの高い満足を得ることができた。反省点として、このような歯根の複雑な移動を伴う治療を行う際には、事前のCTによる診査・診断により、注意深く術後のシミュレーションを行う必要性があると痛感した。術後対応としては、軟組織の裂開を生じるなど感染リスクが高まった場合、すみやかに歯根端切除術を
行うことを患者さんには説明している。
2019年11月.治療後8年.
主訴の右上1番を含む今回の処置歯すべての歯周組織は安定し、審美、機能ともに患者さんの満足いく結果が得られている。特に患者さんの主訴であったブラックトライアングルが存在していた歯間乳頭部はタイトにシーリングし、プラークを寄せ付けることなく安定している。破折のあった右上1番の咬合接触点にはいわゆるシャイニングスポットが観察され、よく機能していることがうかがえる。さらに口腔内X線写真においても、各歯牙の歯槽硬線は明瞭であり、そこに単独歯冠修復で行った不安は存在しない。今回のように、審美と機能の同時達成が難しいと考えられる重度歯根破折歯の治療において、本手法が有効であることが経過をもって示唆されている。
考察
治療後8年経過時の診査にて、歯周組織は健全な状態を維持し、審美、機能ともに良好な結果が得られている。細かなステップの積み重ねと、その都度の患者さん対応に追われたが、結果的にそれが患者さんとの信頼関係の構築に寄与し、初診時には到達不可能だと思われていた患者さん自身が満足される結果を導くことができた.仮にこの症例に対し、生物学的幅径を確保するためのクラウンレングスニングを適用したとすると、唇側破折部位の歯頚ラインはさらに下がり、審美的に大きな不満を生じさせる。また一般的なExtrusionを適用すると、その唇側の歯頚ラインを揃えるための挺出量が相当量必要となり、結果として歯根の直径は小さくなり、また歯冠歯根比が不利になることで、やはり審美的にも機能的にも良好な状態には導けない。さらに意図的再植術を適応して歯根を180度回転させた場合でも、口蓋側に破折した部位が回ってくるため、その後の機能圧に耐えうるフェルールの確保が困難となり、再度の破折を惹起するリスクが高くなる。そもそも、いったん歯根を抜去する際に、すでに脆弱な歯に対し、さらなる損傷を与えかねない。
今回供覧したExtrusionと90度程度のRotationとを同時に行うこのRotative Extrusion Technique®は、歯根膜組織がもつリモデリングを活用したものである。本法の最大の利点は、唇側の審美性を確保しつつ口蓋側の歯肉縁上に新たな残存歯質を獲得、それによるフェルール効果が期待できることであり、続く歯冠補綴を確実なものとし
ている(参考症例①②)。このRotative Extrusion Technique®が、「自分の歯で咬みやすくかつ美しく」という患者さんの願いを叶えられる一助となれば幸いである。
【参考症例①】
43歳 女性.2014年7月初診.他院にて治療を行うも重度の歯根破折にて抜歯を宣告される。唇側に8mmのポケットおよび2度の動揺を認めた。通法により感染根管治療を行い、その後グラスファイバーコアによる支台築造、DBSによるRotative Extrusion Technique®を行った。口蓋側に健全歯質によるフェルール を確保し、2016年4月に単独歯冠修復にて治療を終えた。まだ5年足らずの経過ではあるが、歯周ポケットは全周にわたり2mmと安定し、審美的にも機能的にも良好な状態を維 持している。
【参考症例②】
35歳 女性.2010年1月初診.古い差し歯の歯茎が腫れて痛むとのことで来院。歯根全周にわたる深い歯肉縁下カリエスと根管穿孔を認めた。おそらく筆者が初めてRotat ive Extrusion Technique®を試みたケースである。2010年12月に単独歯冠修復にて治療終了。昨年末の定期健診時にちょうど10年の経過を迎え、患者さんともども喜びを分かち 合った。この歯を抜かずに残すことができたことで、患者さん自身の高い予防意識が芽生え、それが現在まで継続されている。諦めてすぐ抜いていては決して得られなかった成果であ り、一生の宝物である。
※文献
1) Kinumatsu T, Hashimoto S, Muramatsu T, Sasaki H, Jung HS, Yamada S, Shimono M. Involvement of laminin and integrins in
adhesion and migration of junctional epithelium cells. J Periodontal Res. 2009; 44(1): 13-20.
2) Kobune K, Miura T, Sato T, Yotsuya M, Yoshinari M. Influence of plasma and ultraviolet treatment of zirconia on initial
attachment of human oral keratinocytes: expressions of laminin γ2 and integrin β4. Dent Mater J. 2014; 33(5): 696-704.
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